日々是好日、ランRUN日和
かつては、サブスリーランナーとして幾多のレースを駆け抜けてきました。 怪我をして、一歩引いたところに身を置いたとき、新しい走りの楽しみを見つけに行きたくなりました。 日々是好日(ひびこれこうじつ)。 毎日が最良の日になりますように!
早いもので、野辺山100kmウルトラマラソンから5日経過しました。
通常、レースの記事を書くときは、「レース前」、「レース中」そして、「レース後」のことを書いてきたのですが、今回はまだ「レース後」のお話が抜けておりましたので、今日はこの辺りに触れてみたいと思います。
特に体のダメージの変化も振れたいと思っていますので、ちょっと長めかも?です。
・・・・・・・・
5月20日(日) 15時30分
長い長いレースが、終わり会場内の体育館で大の字になってゴロリ・・・
しばし、レースの余韻に浸っていました。
ちなみにフルマラソンやハーフマラソンのレース後ならば、
「肉食いた~い!」
ってなるんですが、流石にウルトラの後は胃も疲れていて、
会場内でふるまわれていた、小さなおそばを頂くので精いっぱいの状況でした。(お椀一杯の蕎麦さえ残しそうだったw)
その後は、
ゴール地点に行き、次々と戻ってくるランナーたちを迎えながら、自分の旅を少しだけ振り返りました。
そして、
一人でも多くの胸に、このメダルがかかることを祈りました。
・・・・・・
さて、
ウルトラマラソン完走直後の体の状況ですが、
先ずは、「手」
ここは、ランには関係ない箇所ですが、体内のイオンバランスが狂っているのか、汗で脱水しているはずの手が、逆に異様な「むくみ」を起こしていました。
次に「腰」
10時間以上立ち続け、動き続けていたので、腰痛のような痛みが発生。腰の筋肉はがちがちにこわばっていました。
最後に「脚」
ここは言わずもがな、「もっとも重症」ですw
大腿四頭筋・ハムストリングスは筋肉痛を通り越して「一部筋断裂」のような痛みがありました。
そして、あまり痛みが発生したことがない内転筋群(太ももの内側)にも張りと痛みがあり、特に股関節付着部には強い張りがありました。
膝関節は、両足で約11万5千回(ピッチ数と走行時間で試算)に及ぶ曲げ伸ばしを行った結果、炎症と痛みがありました。(特に左脚内側)
ふくらはぎは、軽い筋肉痛があったものの、他の部位に比べると意外と軽傷だったことが驚きでした。
足底部は、こちらも膝同様に11万5千回の踏み付け動作で激しい痛みがありました。
足の親指の爪は、内出血を起こした血マメが爪を浮き上がらせていたので、安全ピンを刺して血抜きをし、サージカルテープで固定しました。
と、
主だった状態はこんな感じでした。
ちなみにこの日は、床に立った状態から座る時や逆に座った状態から立ち上がる際は、「ウッ」っと一声上げながらでないと動き出せない状態でした。
・・・・・・
当日の夜
脚の痛みと体が熱を持ったような感じになっていて、全くといっていいほど眠れませんでした。
ので、
とりあえず目を閉じ、体を安静にさせることで体を休めることしかできませんでした。
・・・・・・・
大会翌日
状況・・・要介護レベル1(立ち上がる時や歩行に不安定感がある)
脚がうまく曲がらず、脚の筋肉がこわばっていて、歩行にも軽い痛みを伴う状態。2階から1階に降りるときは、手すりにしっかりとつかまり、一歩づつ慎重に下りないと危険な状態。
なので、
朝ラン? じょうだんでしょ?
と、
立ってるだけでも難儀していましたw
・・・・・・・・・・・・・
レースから二日後
状況・・・要支援レベル2(立ち上がる時や歩行時にやや安定感を欠く)
脚の筋肉痛は、相変わらず酷く、太ももの筋肉は、全て悲鳴を上げている状況でした。
が、
習慣とは恐ろしいもので、とりあえず、ジョグに出かけてみました。
が、
100mでウォーキングに変更w
ちょっと走っては、ちょっと歩くという、「ウルトラマラソン終盤のような走り(?)」で、1kmほど進んでいきました。
すると、脚がほんの少しだけほぐれてきて、スロージョグぐらいならできるようになりました。
が、
身体的にも時間的にも、5kmほどが限界で、この日のランは終了しました。
・・・・・・・・
レースから三日後
状況・・・要支援レベル1(一般的な日常生活は遅れるが、一部で介助必要)
筋肉痛はハムストリングスと内転筋群の一部に残っているものの、だいぶ痛みも張りも収まってきたので、この日も朝ランに出ました。
とはいえ、まだまだ階段を降りる際は、一部手すりが必要な状況で復調とはいかない状況でした。
ので、
ジョグで走れたのも7kmまでで、ジョグで10km流せるようになるには、もう少し時間がかかりそうでした。
・・・・・・・・・・・・・
レースから四日後
状況・・・アルコール障害w(いわゆる二日酔いww)
朝起きると、予定していた目覚ましの時間から45分も寝過ごしており、朝ランは不可能な状況でした。
更に
(嫁)ちょっと、も~、昨日すごい飲みすぎてて、酔ってベランダに出ていったから、いっそのこと締め出そうかと思ったよ(笑)
(私)Σ(゚◇゚;)マジデッ!?
と、いうことで・・・・・
足の状態はだいぶ良くなりましたが、頭は悪いままでしたww
・・・・・・・・・・・
レースから5日後
要介護・要支援からの脱却
内転筋群の一部にまだ張りと痛みが残っていますが、なんとか10kmジョグができました。
とはいえ、いつものアップダウンの多い道はまだ無理な状況で、平たんな道でキロ5分半ペースでの10kmでした。
ちなみに本人は、もっと早いペースで走っているつもりでしたが、筋肉もバネも全く本調子ではありませんので、この辺は
ドン( ゚д゚)マイ
って感じですね。
・・・・・・・・
と、いうことでレースから5日経ちましたが、まだまだまともなランニングはできない状況です。とにかく今回は、脚のダメージが大きいことと、やはり加齢の問題だと思いますが、回復のスピードが遅い感じです。
現在のところ、月間走行距離は320kmほどなのに加え、
この土日もまともに走れる感じがしませんので、今月も月間400㎞は難しい感がしています。
ま、
無理して、2年前のように「怪我」の連鎖に苦しむような真似だけはしたくないので、ゆっくりとケアしていきたいと思っています。
本日のラン 10.39km 56分52秒
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昨日の記事の通り、
コース中間地点の50kmエイドまでは、予想に反して順調すぎるレース展開ができました。
が、
このコースが、「全国屈指の最難関コース」といわれるゆえんは、まさにこの後半戦にあるといっても過言ではありませんでした。
ので、
今日の記事の長さは、まさに「ウルトラレベル」となりましたw
が、
先ずは、ここでコースの高低図を振り返っておきましょう。
見れば見るほど、後半のエグさが際立ちますね。
フルマラソンを超える距離を走ってきた後に訪れる、勾配のきつい坂道。
お昼ごろからの気温上昇に伴う、体力の消耗。
そして、コース最高難易度を誇る「馬越峠」のアップダウン。
正に、ここからが本当の意味での「自分自身との闘い」だったと思っていました。
・・・・・・・
そんな、
後半戦最初の上り坂となる、北相木村役場へ向かう道中でしたが、
57km地点位のところで、小さな女の子が、家族と一緒にチョコを配っていました。
女の子の
「どうぞ!」
の声に、つい、
「ありがとう!」
と返して、それを受け取ると、手のひらには一粒の小さなチョコが一つありました。
それはきっと、100mも走れば消費してしまう程の、僅かな熱量しかもたないものでしたが、
「頑張れ~!」
の声援の声と一緒に頂いたものなので、もっともっと大きな力が湧くような熱量を感じることができました。
・・・・・
59km地点 北相木村役場エイド
ここには、「かぶり水」ができるようにビニールプールに張られた水が置いてありました。
そして、その周りには椅子が置かれており、座ることもできました。
ので、
この辺りから、熱と痛みを発し出し始めた両方の太ももに、座った状態で水をかけ、クールダウンをしたところで、
両足に消炎鎮痛剤を塗り込みました。
気休め程度とはわかっていますが、多少痛みが和らいだ気がしましたので、補給食と水分を摂って、このエイドを後にしました。
・・・
60km通過
これで、残りはフルマラソン以下の距離となりました。
ここからは、「今何キロ」ではなく、「あと何キロ」に思考が移行していきますので、1km進むごとに「カウントダウン」をするような感じになっていきました。
が、
65kmを過ぎあたりからは、最難関の馬越峠頂上の79km地点まで、延々と続く坂道が待っていますので、気持ちとは裏腹に足取りは重く、徐々に連続して走れる距離は短くなっていきました。
・・・・・・・・
南相木村へ向かう上り坂
ここは昨年、暑さと疲労から、ほとんど歩きになってしまった区間でした。
しかし今年は、最高気温でも20度を下回る気温でしたので、それなりに体力を維持することができましたので、歩きを絡めつつも何とか走って登ることができました。
ので、
日差しは強いものの、暑さが気にならない分だけ、
今年はラッキーだ!
今年はついてる!
そう思うことで、思考をポジティブな方向に向けて、進んでいきました。
・・・・・・・
71km地点 滝見の湯エイド
ここは、71kmの部のゴール地点でもある為、アナウンサーが控えていました。
ので、
71kmの部のランナーには、ゴールを称え、100kmの部のランナーには、ここまで来たことにエールを送ってくれました。
そんなアナウンスを聞いた後は、
エイドに向かい、水分とエネルギーを補給することにしました。
ここではもちろん、
本日二度目のそばを頂き、がっつり補給。
更にスポーツドリンクも飲んで、のどの渇きをいやすと、ファイテンがボランティアで運営する「マッサージコーナー」へ行き、脚の痛みと張りを軽くして頂きました。
そして、その後は、預けておいた荷物を受け取り、
シューズをチェンジしました。
ちなみに、
ここまで、特に足裏等に痛みが出なかったので、タイムロスも含めナイキからアシックスにシューズチェンジをするかどうかは悩んだのですが、結局履き替えを行いました。
理由は、
・ズームスピードライバルは、100km連続使用を想定して造られていないと思ったから。
・そうすると、もしかすると馬越峠あたりで痛みが出るかもしれない
・そもそも、履き替えれば新品のシューズのクッションに足が守られる。
そう思って、履き替えを行いました。
ちなみに、
昨年は、シューズを履き替えた後、計測チップを付け替えずに走り出し、しばらく行ってから、慌てて取りに戻ったという、苦い思い出がありましたので、今回は慎重に計測チップを履き替えたシューズに取り付け、忘れ物がないことを確認し、このエイドを離れました。
更にちなみに、
ここでは、シューズの履き替えを行いましたが、それと同時にここまでずっとザックに入れてきた、「日焼け止め」と「ポケットティッシュ」そして「サージカルテープ」を荷物袋に入れてドロップし、少しでも軽量化した状態でここを出たのでした。
しかし、これが後に後悔を生むとは、この時にはみじんも思わないのでした。
・・・・・・・
第3の地獄 急坂地獄
ようやく74km地点の馬越峠入口に到着しました。
ここまでも長い坂道を登ってきましたが、ここからは、更にエグイ坂道を5kmほど駆け上がっていくことになりました。
ちなみに昨年は、この区間のほぼ全てを歩きました。
が、
今年は、
100mほど走って、1分歩き、そしてまた100mほどを走る
こんな感じのランを繰り返すことができました。
ので、
「今年の俺、走れているよ!」
と、心の底から思うことができ、昨年よりは状態がいいことを実感しました。
もちろん勾配によっては、走れる距離が50mだったり、150mだったりしましたが、とにかくわずかな距離でも走ってつなげることができたことに高揚しました。
ので、
峠道のわきの土手に生えている、山菜に目をやる余裕もあり、
「こごみ」や、
「わらび」などを探しながら走ることで、坂の苦しさを紛らわしながら進むこともできました。
(雑草に紛れて、わかりにくいねwww)
とはいえ、
斜度がきついことには変わりがなく、周りのランナーもほとんど歩きで登っていて、私も歩きを混ぜないと登っていけない坂でした。
(遠くて、よくわからんねw)
ちなみに、
時計で標高と合わせて坂の斜度を表示させると、
斜度17%・・・
普通は「走っての登ろう」と思う斜度では、ありませんねwww
・・・・・・・・
79km地点
そんなこんなで、何とか馬越峠の頂上に到着しました。
ここまでさんざん足を酷使してきましたが、
「なんとかここからの峠の坂道も走って降りられる」
そう思っていました。
昨年は、脚の痛みに耐えられず、ここの下りもほとんど歩いておりました。
が、
今年は、坂道も何とか走って降りることができ、無事80km地点までは、走って通過していくことができました。
・・・・・・・
第4の地獄 下り地獄
昨日の記事の「前半戦」部分でも書きましたが、「下りが楽だ」というのは、疲弊していない足で、それなりの勾配の坂を駆け下りる時だけであって、
「80km以上走った脚」
で、
「激しい衝撃を生む急勾配の下り坂」
では、
着地のたびに、大腿四頭筋の筋繊維が、1本づつ引きちぎられていくような感じがしました。
ので、
82kmあたりから、着地の衝撃を全く吸収できなくなり、走って降りることは全くできなくなりました。
・・・・・・・・・
でも、
ゴールに向かって、そんなこんなでも歩きを混ぜながら、なんとか長い坂道をくだりきり、ようやく平たん路に入りましたが、もう足は完全に言うことを聞かなくなってしまいました。
ゆっくりと、そして普通に走っていても、大腿四頭筋もハムストリングスも悲鳴を上げ、100mくらいを走るのが精一杯のような状況になりました。
ので、
ようやくたどり着いた87km地点のエイドポイントでは、再度消炎鎮痛剤を脚に刷り込みながら、ゆっくり太ももをマッサージ。
更に、シューズを脱いで足を揉みほぐそうとすると、靴下の親指が破れていて、足の爪は浮いたような感じになっていました。
ので、
持参した、サージカルテープで爪を固定しようと思い、ザックを探ると・・・
そう、
71km地点でドロップしてしまっていたので、サージカルテープは手元にありませんでした。
ので、
爪の補強もできず、そのままシューズを履き、
エイドで補給食を頂き、コースに復帰していくのでした。
・・・・・・・
ラスト10km
90km地点を過ぎると、後はたったの10km。
そう、
いつもの朝ランで走っている距離しか残っていませんでした。
ので、
普段なら、ジョグでも1時間かからずに走り切れる距離でした。
が、
坂はまったく走れない
平地でも足の痛みで少ししか走れない
そもそも、心拍数が130回/分でも息苦しい
そんな状況でも、なんとかもがきながらも前へ、そう、ただゴールへ向かって前へ向かって進んでいきました。
・・・・・・・
第5地獄 果てしないゴール
最後のエイドポイントである、96.7km地点
本来なら、100kmのゴールまでなら、ラストは3.3km
でも、
エイドのおじさんが言うには、
「ラスト4kmだよ!」
って言われたこと。
確かに手元の時計を見ても、ここで96.2km通過を指しており、時計的には、100kmまでには、まだ4km近く残っていました。
・・・
毎回思うんですが、
ここからの97kmポイント。
そして、98kmポイントは、本来の1kmより長いような気がしていました。
ので、
これって、計測誤差?
それとも意図的?
色々な思いが走りますが、とにかく目の前のゴールが遠く感じられました。
「本当に残りの距離はこれだけなのか?」
そんな疑心暗鬼の中、
線路を渡るカーブを曲がると、遂に野辺山駅前のメインの通りに出ていきました。
・・・・・
沿道には人だかり、
そして皆口々に、
「おかえりなさ~い!」
「ナイスランでした~!」
「ラストラ~ン!」
の、暖かい声援の数々。
そして、
遂に最後のカーブを曲がると、目の前にはゴールまでのレッドカーペットが敷かれていました。
・・・
すると、
アナウンサーさんからは、
「さあ、今帰ってきたのはゼッケンナンバー〇〇の、RX-93さんです。」
「今回6回目の出場で、6回目の完走を目指しての挑戦だったそうですが、見事6回目の完走となりました。」
「いや~、デカフォレストも視野に入ってきましたよね~!」
「今の気持ちはどうですか?」
と聞かれて、
私は、率直に、
「最高で~す!」
「やったぞー!!」
と、走りながら右手を天に突き上げると、アナウンサーさんがハイタッチを要求してきました。
もちろん喜んで、ハイタッチを返すと、どこにそんな力が残っていたのかと思えるほどの全力疾走で、目の前のゴールテープを切りました。
・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
2018年5月20日
俺だけが知っている、俺だけの100kmの旅が終わりました。
長かった・・・
きつかった・・・・・・・・・
そして、
今年も本当に苦しかった・・・・・・・・・
でも、
ゴールの瞬間に、そのすべてが吹き飛びました。
毎年思うけど、
この瞬間は、マジで本当に最高だ・・・
これだから、
これだから、このウルトラは、やめらんねぇ~!
そう思いました。
マジで、全行程中の99.9kmまでは、地獄の時間でした。
でも・・・、
ゴールテープまでのラスト100mだけは、
観客の全部が、俺だけに注目してくれている、
だから、この瞬間だけは、俺だけが主役、
なので、この瞬間だけは、すべて俺だけの時間だ!
そう、
ここまでの時間は、このためだけにやってきたといっても過言ではないというほどの時間が流れていきました。
・・・・・・・
で、
ゴールラインを通過すると、
首には完走メダル
そして、
完走記録証の授与
そして・・・・、
すべての荷物を預けた体育館に着くと、
傍らにはスタートから71kmまで苦楽を共にした相棒「ナイキ ズームスピードライバル」がいて、
更にその脇には、
さっきまで履いていた、アシックス ライトレーサーがいて、
そして何より、今日の100kmを走った俺がいる。
何とも言えない充足感
それらと一緒に、体育館に「大の字」で寝ころびました。
みんな・・・
本当にサンキュー!
・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・
いや~、
やっぱりウルトラマラソンて、いいですよね。
コースを創る100kmの間に、
大会の運営さんがいて、
それを支えるスタッフさんがいて、
大会現地にいらっしゃるボランティアさんがいて、
その大会を運営する地域に暮らす、沿道の皆様の声援があって、
そこを走る、一緒の思いを紡ぐ仲間がいた。
ウルトラって、それら全部の想いがあって初めて成立するスポーツなんですよね。
そして、
走った人それぞれに、この日それぞれのドラマがあった100kmなんでしょうね。
ちなみに私にとっては、そのドラマの時間が、
10時間23分54秒だったという、放映時間がながれたということだったのでしょう。
・・・・・・・
2018年5月20日 15時23分54秒
ここが、
現在知りうる中の、地球上の時間の中で、たった1回だけしかない、そして、その中でも私だけしか知らない、この日に起こったドラマの終演時間となりました。
次回はどんな・・・
本当に予想しえないドラマが、もしかするとあるかもしれませんが、
それも未来のお話し・・・・・
とりあえず今日お話しできる、今までに経験してきたお話は、これにて終演です。
明日は何が起こるのか?
それは、明日以降にお伝えしていきましょう・・・・・・・
今日のドラマは、ここで
The Endです。
本日のラン 足の状態を確かめに、ちょっと走った程度でしたw
2018年5月20日(日)
AM3:00起床
さて、この日は、ウルトラマラソンのレース当日でした。
前日会場入りしていたので、車中泊で朝を迎えましたが、朝の気温は2~3度しかなく、非常にい寒い朝でした。
ので、
車のエンジンをかけ、暖房をつけて、2時間後にスタートするレースに備えてすぐに朝食をとりました。
ちなみに朝のメニューは、
鮭の彩りご飯と卵のマフィン。
これで摂取カロリーは550Kcalほどでした。
普通の朝ならやや多すぎる量ですが、この日はウルトラのレース。レース中の消費カロリーだけでも6200Kcal前後は使うので、全然足りない気がしました。
が、
レース中のエイドでは、パンやチョコ、おにぎりに、そば、そしてうどんなど、補給食はいくらでもありますので、エイド中の補給でしのぐことにして、スタート会場に向かいました。
AM4:00
会場でラン友の「いけたかさん」と合流。
レースウェアに着替え、荷物を預け、二人でスタートを待ちますが、あまりの寒さで凍えそうになりました。
が、
スタート30分前ごろには、スタートブロックに入ると、
いつもの「けつ出しカニ星人(仮)」をはじめ、「女装のおじさん(仮)」や「サル(仮)」など「いつもの出場メンバー」に加え、
朝日に映し出された、
八ヶ岳連峰を望むと、改めて今年もこの地に来たことを実感しました。
・・・・・・・
AM5:00
・・・の、30秒前
スタートを盛り上げるアナウンサーが、
「では、スタート30秒前です!みんなでカウントダウンしましょう! 29・・・28・・・27・・・」
で、
ランナー全員が、
「なげ~よ!」
と、突っ込みをいれていましたww
で、
(お願い事項)
毎年同じ突込みを食らっているので、そろそろ学習して、「10秒前」からカウントをお願いいたしますwwwww
・・・・・・
で、
なんやかんやで、スタート5秒前・・・
4・・・3・・・2・・・1
AM5:00ジャスト
野辺山100kmがスタートしました!
さて、
スタート時の気温は、オフィシャルの発表で「5度」と聞いていましたので、Tシャツとランパンでは、非常に寒かったので、雨用の「ビニールポンチョ」を着用して走り出しました。
ので、
走るたびにビニールのこすれる音がカシャカシャとしていましたが、清々しい朝の野辺山高原を気持ちよく駆け抜けていきました。
最初の10kmは、スタート地点から野辺山の天文台周辺をぐるりと1周回った後、林道トレイルに向かう走路。
ですので、この辺りは大きなアップダウンもなく、100kmの道のりに向けたアップ代わりのコースとなっていました。
雄大な山並みを望みながらの清々しい早朝ラン。
ですが、
気持ちよく走れるのも、当然ここまで。
ここからは、様々な地獄が待っているのでした。
・・・・・・
第1地獄 林道トレイル
10km過ぎからは、横岳の林道トレイルが始まります。7kmほどで標高ベースで400m位を登り、その後は5kmほど林道を駆け下りるというトレイルランでした。坂は緩急様々で、トレイルとしては路面がしっかりしているほうですが、やはり舗装路とは違い足元がぐらつきますので、登りも下りも、かなり体力を消耗させられました。
序盤のここで足を使いすぎると後半で手痛いしっぺ返しを受けそうなので、心拍数が165回/分を超える場合は、一旦歩いて心拍を調整して進んでいきました。
で、
標高1908mのコース最高地点に到着すると、多少の登りの区間を挟みますが、一気に砂利道を駆け下りていくことになりました。
やはりここも、足元が悪いので、それにビビッて下りなのにブレーキをかけると、足元に変な力が入りますし、スピードも出せません。
ので、
坂を駆け下りる際は、着地する場所を瞬時に見定め、足元を下手に踏ん張らずに自由落下に任せて駆け下りていきました。
こういう足元の悪い路面では、体幹がものを言うと思いますので、日ごろのプランクによる体幹強化のおかげもあり、ここは颯爽と駆け下りることができました。
・・・・・・・
26km地点
ようやく長い林道トレイルを駆け下りると、次は舗装路面の急坂をさらに駆け下りていきました。
当然、長い下り坂は脚への衝撃も大きく、大腿四頭筋には負荷がバンバンかかっている感じがしていました。
そして、ようやく坂を下り終えると、次は又長い坂を駆け上がったり、そしてまた長い坂道を駆け下りたりしつつ、途中では未舗装路があったりと平たんな道が全くない、これはこれでハードな道を進んでいくのでした。
・・・・・・・・・
32km地点
やはり朝の食事が軽かったのか、早くも「ガス欠感」に見舞われました。しかし、身に着けている補給食は、糖質補給用のジェルが2本だけ。
ちなみに私が荷物の補充ができるのは、71km地点だけ。(42kmの荷物預けには、なにも預けていないため)
なので、
ここは、ぐっと我慢して、次のエイドへと進んでいきました。
・・・・・・・
35km地点 稲子の湯エイド
ようやく着いたエイド。
ここは、お汁粉が置かれているエイドです。
ので、
お汁粉を頂いて、糖質補給しました。
ちなみに、35kmも走ってきてから頂くお汁粉ですから、見ての通り普段食べるお汁粉に比べると、
汁はシャバシャバ(薄い)です。
で、
これしきでは当然足りないので、お代わりを頂き、2杯のお汁粉摂取で、このエイドを後にしました。
・・・・・・・・
で、
稲子の湯エイドを超えると、急な坂道を駆け上がっていくことになりますが、お汁粉を食べた後なので、元気に駆け上がっていくことができました。
・・・って言ってみても、
ま、500mほどですけどねwww
で、
後はやっぱり歩きを織り交ぜながら、坂道を駆け上がりきると、ここからは一転、一気に坂を駆け下りるルートとなりました。
ちなみに距離でいうと、37km地点位から44km地点位まで一気に坂を駆け下りて、幹線道路に出るルートになりました。
・・・・・・・
第2地獄 下り道地獄
一般的には、
「下り坂は、走るには楽な道」
と、思うかもしれませんが、30km以上走ってきた後の急こう配の坂道を何キロも走るのは、脚に相当のダメージを与えました。
ちなみに、
この道を駆け下りれば、「箱根の6区」がどれだけきついか少しだけわかるかもしれません。
そんな、長い急坂で、足のダメージに配慮しつつ駆け下りていくと、
心拍数は上がり、疲労はどんどん上がり、足のダメージもどんどん上がって行きました。
が、
その下り坂の中間点の42km地点を通過すると3時間43分程で通過していて、ウルトラのフルマラソン通過距離で無事サブ4を達成していました。
ので、
「ここまではとりあえず順調に来ている」ことを確認しつつ、50kmポイントを目指して進んで行くのでした。
・・・・・・・
50km地点
ここは、丁度コースの折り返し地点になりますが、スタート地点の標高1355mから標高880mまで下がってきた場所にありました。
ので、
後半のコースでは、ここから馬越峠頂上の1620mまで上らなければなりません。
すると、今度は登りすぎているので、そこからは峠をいったん下りますが、下りすぎた分は、結局スタート地点の1355mまで登って戻らなければならないという「えげつないアップダウンコース」になっていました。
ので、
「非常に厳しい後半戦。」
「気持ち的には、ここでまだコース全体の4割程度。」
ということで、
60km~65kmぐらいで真の後半戦だと思っていました。
とは言いつつ、距離的には半分まで来た50km地点の補給エイド。
ここでは、
「手打ちそば」が頂けるエイド。
ですので、
ここでもしっかり栄養補給をすべく、
手打ちそばを頂きました。
で、
その写真を撮っていたら・・・
エイドのおじさんが、
「おー、余裕あるね~」
って言ってきました。
更に、今日の私のランシャツを見ると、昨年の野辺山100kmウルトラの参加記念Tシャツを着ていたので、
「な~んだ、もう何度も出てるんだ」
って、言われたので、
「ええ、もう6回目です。41歳から出始めて6年連続ですからうまくいけば50歳で「デカフォレスト(10回完走の称号)」が手に入ります」
って、言ったら、
「まぁ、連続で完走する必要はないんだから、気楽に頑張んな」
って言われて、
ここで、「心の荷」をひとつ降ろすことができました。
でも、まあ、
今回も無事6回目の出場ができたわけだから、完走目指して頑張りましょうかね~
・・・ってことで、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
後半に続きます・・・・・
本日のラン ・・・って、昨日の今日で走れるか~!ww
2018年5月20日(日)
この日は、わたくし自身6回目の参加となる、野辺山高原100kmウルトラマラソンです。
今日はまず、前日編をお送りさせていただき、本編は明日以降にアップしたいと思います。
ということで、前日の様子を軽く流しますので、ウルトラの事前準備やレース前の車中泊に興味がある方は、ちょこっと目を通してみてください。(ちなみに、ほぼ例年通りですw)
・・・・・・・
2018年5月19日(土)
今週は、会社で色々ありすぎて、何も・・・本当にほとんど何もレースの準備ができていませんでした。
ちなみに・・・
事前準備ができていたのは、レース用のシューズである「ナイキ ズームスピードライバル」を購入したことのみ。
ですので、
もう1足、71kmの荷物預けができる場所で履き替えように準備した、「アシックス ライトレーサー」も、前日購入&試し履き無しで投入しましたw
ので、
土曜に自宅で準備できたのは、
たったのこれだけw
いつものベストに粉薬3本、そして炎熱サプリと、途中給水用のマイボトル(100均)のみでした。
ので、
大慌てで、土曜日は会場に向けて出発しました。
・・・と、いうのも
100kmの長丁場に耐えられるように、筋肉の消炎鎮痛剤を買ったり、まだ明るい時間(PM6時就寝予定)に必要なアイマスクを買ったり、とにかく準備があまりにも足りなかったので、会場に向かう道中で、すべて手に入れる予定で出発しました。
ので、
PM11:30
車をいつも通り、「カプセルホテル」に仕様変更し、野辺山に向かいました。
・・・・・
道中
買いたいものは山ほどあるのに、今年は私が自治会の役員をやっている関係で、この日に限って様々な電話を着信し、その都度コンビニ等の駐車場で電話を着信受けして、それぞれの内容に対応していたら、
時間がどんどん流れ・・・・
14時半の会場到着予定が、15時半にずれ込み、大急ぎで受付に行ってきました。
・・・・・が、
受付会場に向かおうとすると・・・
ギャアァァァァ━━━━━━(|||゚Д゚)━━━━━━!!!!!!
ナンバーカード引換証を忘れた~!w
ので、
総合受付で再発行手続きをして、
手数料500円を追加で取られw
無事、受付を完了したのでした。
・・・で、
これが受付後の戦利品でした。
・・・・・・
で、
受付後は、ラン友の「いけたかさん」と合流し、ラン談義に花を咲かせますが・・・
いかんせん私の到着時間が遅かったので、そろそろ就寝時間(←この時PM5時頃)
明日の準備をお互いして、夕飯を食べ、就寝するために、いけたかさんとはここで各々の車に別れていくのでした。
ので、
私は車に戻ると、途中のコンビニで買った、
のり弁を平らげ、明日に備えて寝るのでした・・・・
(レース当日の本編は、明日以降に続く・・・)
さて、
今週末は野辺山100kmウルトラマラソンです。
ちなみに、
自論・・・というか、経験則ですが、
ウルトラマラソンの場合、距離が長い分「レーシングシューズ」のような「一発勝負の靴」よりも、「普段履き馴れている、いつもの靴」の方が、安心と安定感があるような気がしています。
ので、
レースには、「トレーニングシューズ」を持ち込みたいと思っています。
が、
前回記事の通り、「練習用シューズすらない!」って状況ですから、ここ数日は、スポーツショップでシューズを物色。
して、
結局・・・・・
超無難なシューズに落ち着きました。
そう、
ナイキのズームスピードライバルですね。
軽量で(26cm:192g)クッション性が高く、ウルトラ向きだと思っています。
あと1足、71km地点の荷物預けの場所に置くシューズが必要なので物色中ですが、最悪はハーフのレース用シューズで購入した「ズームストリークLT」がありますので、それで対処するかもしれません。(←冒頭の持論はどうした?)
・・・・ってことで、
本日は、珍しく履き慣らしの意味も含めて、買ったばかりのズームスピードライバルで走ってきました。
しかも、本日は水曜日ですので、「なんちゃってポイント練習」として、「なんちゃってビルドアップ走」を実施しました。(←完全に本気ではないw)
・・・・・・・・・
さて、
「ビルドアップ走」といっても、「なんちゃって」ですから、前半5kmは、完全に流しジョグ。
でしたが、
6kmからは徐々にペースを上げ、ラストはガチの全力で終えました。
ので、
記録はこんな感じとなりました。
うん、
ラスト以外はポイント練習でもなんでもない感じですねw
で、
そのあとは、日課の二重飛び50回を実施して、朝トレは終了となりました。
・・・・・・・
さて、
ズームスピードライバルも、5足連続での使用となると、新しい発見も驚きもありませんが、今朝は新品の分だけ、しっかりとしたクッションを感じました。
ので、
野辺山100kmでも、しっかりと足をサポートしてくれると信じています。
そして、
週間天気予報によれば、今日のようなくそ暑い日は金曜までで、大会当日の日曜日は、大きく気温が上がることはなさそうで、日中でも19度の予報が出ていました。
シューズも新調し、天候にも恵まれそうな、今大会。
どんな結果になるのか?
後は、日曜を待つばかりです。
本日のラン 10.06km 48分52秒
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プロフィール
HN:
RX-93
性別:
男性
自己紹介:
花の昭和47年生まれのアル中&メタボ中年が、何を血迷ったのか38歳からランニングを開始!
40歳でサブスリーを達成すると、42歳でフルマラソン2時間48分台を記録。
ランナーズのフルマラソン全日本ランキングのベスト100に掲載されると、有頂天もMAXに。
だが、
それが災いしたのか、その後は故障の連続。
ストレス解消のために走ったはずが、走れば走るほどにストレスに!?
サブスリー時代のブログを閉じて、新天地にやってきました。
毎日が、「日々是好日」。
ランRUN日和になりますように!
40歳でサブスリーを達成すると、42歳でフルマラソン2時間48分台を記録。
ランナーズのフルマラソン全日本ランキングのベスト100に掲載されると、有頂天もMAXに。
だが、
それが災いしたのか、その後は故障の連続。
ストレス解消のために走ったはずが、走れば走るほどにストレスに!?
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