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日々是好日、ランRUN日和

かつては、サブスリーランナーとして幾多のレースを駆け抜けてきました。 怪我をして、一歩引いたところに身を置いたとき、新しい走りの楽しみを見つけに行きたくなりました。 日々是好日(ひびこれこうじつ)。 毎日が最良の日になりますように!

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今年、お盆休みってどこにあったんだろう?

って感じで終わっちゃいました。

ちなみに今年の休みは、8月11日~16日までの6連休。

だったはずなんですが、

「休んだ感」が非常に薄かった感じです。


・・・・・・・


8月11日

普通の土曜休みって感じで、ランに出ますが、暑さにやられて25kmでギブアップ。


軽いめまいと吐き気を感じたので、軽い熱中症の様子でした。

が、


うちの嫁さんは容赦がありませんw


連休後半に横浜の両親たちが来るので、室内の清掃を命じられました。

その後は来客用の布団干し。

そして、風呂掃除に加えてエアコンのフィルター掃除とめっちゃ大忙し!

あっ!という間に一日が終了するのでした。





8月12日

小・中学校を一緒に通うこともあった、実家の近所の同級生の葬式がありました。

そんな関係なので、もちろん私も葬儀に出席してきました。

ちなみに彼が亡くなったのは、葬儀の3週間も前だったので、葬儀までの期間が開いていたことに、周囲では死について色々な憶測が飛んでました。

もちろん同級生も何人か来てましたので、この辺については色々詮索の話がありましたが、亡くなった彼と今も親交がある人は全くいないということで、詳しくはわからずじまいでしたが、どうやら病気ではなかったことだけはわかりました。

ので、

理由はともかくとして、親より早く死んだ「親不孝」をしたことだけは、間違いなさそうなのでした。




8月13日

会社の前社長が、今年の春に亡くなりました。
地元では「名士」と言われる方だったので、葬儀でも1200名の列席がありましたから、会社からも多くの応援部隊を出して葬儀に対応しました。

で、

今年のお盆は、当然「新盆(土地によっていろいろな言い方があるそうですが、亡くなって最初のお盆の事です)」になるので、又大勢の新盆見舞客が来ることが想定されました。

ので、

私も応援部隊として、この日は朝10:00~20:00までの丸々一日新盆の仕事に追われることになりました。





8月14日

この日は、地元の自治会の夏祭り当日でした。

で、

今年の私は、実行委員のメンバーなので、準備に追われます。

ちなみに私の担当は、ビールやジュースの飲み物担当。

なので、



ビニールプールに氷を入れて飲み物を冷やしますが、

祭りの始まる前の夕方からゲリラ豪雨で、屋内に移動。

で、

結局、雨の影響で提灯も無ければ、やぐらも組まずで自治センター内での小さなお祭り。

ちなみに焼きそばや、焼き鳥などの焼き物は、



外のターフの下で焼いて、自治センターに持ち込んで、祭りの参加者は食べていました。


ので、



祭り感はゼロですw(一人一人、モザイクかけるのが面倒で、一気にかけたら訳が分かりませんが、これはビンゴ大会の様子ですw)


子供たちも室内のテーブルで焼きそばを食べたり、かき氷を食べながら、カラオケをしたりするだけなんで、さながら「子供会」みたいになっちゃいましたww

大人たちは、(私を含め)玄関先のビニールプールに入ったビールを飲み、ターフの下で焼かれた焼き鳥を食べながら、雑談に興じるだけw

ま、

小さな自治会の小さな祭りなんで、毎年こんな感じなんだけどね。

で、


フィナーレの頃には雨も上がったので、



子供たちの花火の係りに回って、火をつけてあげたり、安全管理をしたりと大忙し・・・

と、いっても

少子化と過疎化の影響で、小学生の子供は20人くらいしかいなかったんだけどねw

もっと小さな子を含めても30人ほどだったので、8000円の予算の花火はあっという間に終了。

この後は、祭り終了の挨拶を実行委員長がして、一通りが終了しました。

ので、

実行委員のメンバーは、後かたづけを簡単にして、


帰りたがらない酔っ払ったじじいを追い返してw


なが~い一日が終わるのでした。





8月15日

昨日の夏祭りの後片付けがあるので、朝8時に自治センターに集合。

で、

昨日自治センターで行われた宴の後を、きちんと片付け、きちんと清掃をして行きました。

昨夜は酔っている人も大勢いたので、

なぜか


下駄箱に「焼きそば」がしまわれていたりw


と、

訳の分からない散らかった会場を片して、夏祭りの役員仕事は全て終了したのでした。

で、

その後は、


もっと散らかっている、自宅の草刈


をして、もう一度汗を流すのでした。




8月16日

横浜の両親がおとといから来ているので、朝ランだけ。

で、朝食後は、

嫁さんと娘と義母は、女性3人でお買い物をしに外出。

なので、

私は、義父とのんびり高校野球を堪能。


・・・ようやく唯一の夏休みになりましたとさ。




おまけ

なんのかんので色々あったので、

お盆休み中は、11日以外は朝ランだけでした。

ので、



6日で81kmだけしか走れなかったとさw

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今日は、雑談。

しかも、すんごい長いのでスルーしてください。


・・・・・・・・・・・・・・

さて、

間もなく終戦から73年目を迎えます。

が、

私は、先の戦争をどうのこうの言うつもりはありません。

ので、



戦争そのものよりもむしろ、 「失敗の本質」という本を既に2回読むことで、先の戦争で見られた日本的組織の欠陥を学んだつもりでした。




そんな中、先日面白い本を見つけました。

それが、



永遠のゼロの作者、百田尚樹さんの「戦争と平和」です。

この本は、第1章を読みたくて買ったといっても過言ではありません。

その内容はというと、



こんな感じで、失敗の本質にも通じる旧日本国軍の失敗を、平易な言葉で、非常にわかりやすく書かれているものでした。

で、読んでみると、

「これはうちの会社にも通ずる失敗点だなあ」

と感じるところもありました。



・・・・・・・



さて、


日本海軍は、開戦前から、ある艦上戦闘機の製造を命じました。

それは、

「旋回性能もスピードも世界最高峰の艦載機を製造せよ」

というものでした。

しかし通常、小回りの利く旋回性能を高めるとスピードが犠牲になり、スピードを重視すると旋回性能が犠牲になるという、これらの性能は相反するものでした。

しかし軍はそれを世界最高水準で両立させろと言ったのでした。

その上更には、大型爆撃機も撃墜できるように「機銃」だけではなく「機関砲」も装備せよ。

というもので、重い装備をつけてもなお、世界最高峰のスピードを出せというのは、当時としては恐ろしく高い要求水準でした。

しかし、これを両立したのが三菱重工の「零式艦上戦闘機」通称「零戦」です。

これは、軍の求める要求をすべて盛り込みましたが、その半面、要求されなかった2つの点を完全に犠牲にした機体となりました。

それが、

「製造には熟練工が必要な上に非常に時間がかかる点」と「攻撃力を最大にした分、防御力がゼロに等しい機体なった点」でした。

つまり、

求める性能を両立させるために、徹底的な軽量化を施したため、先の2点を犠牲にしないと作りえない機体だったということです。

その為、

一機製造するのには、優秀な工員と多大な時間と労力が必要でした。

そして、

軽量化故に、パイロットの人命を守る機銃からの防護板すらありませんでした。

でも、これにより攻撃面だけは世界最高性能を有した艦上戦闘機が完成したというわけでした。

ですが、

最高性能の戦闘機でしたので、それを操縦するには、精鋭のパイロットの存在も必要でした。


ちなみに、同時期に製造されたグラマンのF4F(通称ワイルドキャット)を比べると、攻撃力は零戦に対して全ての面で劣りましたが、そもそも設計思想が真逆の機体だったでした。その為、機体は簡単に製造できるので量産が可能で、防御力は非常に高く(機銃で何十発も撃たれても生還した機体があるほど)、更に扱いやすい機体なので簡単な訓練で誰でも乗れた機体だったそうです。

で、

話を戻すと

これほど優秀な戦闘機があったのに日本はなぜ勝てなかったのでしょうか?

それは、矛盾するようですが

「あまりにも高度な最高性能を求めたから」

に他なりません。

最高峰の戦闘機を作るには時間がかかり量産がききません。

そして、せっかくの最高性能を引き出すには優秀なパイロットが必要となります。

しかし、優秀なパイロットの命を守る盾がないので、機銃1発の被弾で撃墜されることもある。

すると、優秀な戦闘機も優秀なパイロットも同時に失ってしまう・・・

こんな負のサイクルが原因の一つです。

(もちろん敗戦には他にも負の要因は山ほどありましたが、詳しくは「失敗の本質」をご一読くださいw)



・・・・・・・



さて、

私の勤める会社は、自他ともに認める小さな「中小企業」です。

人を含めた資源の少ない小さな会社が生き残るためには、色々な方策がとられています。

ちなみに私の勤める会社が求めているものは、

旋回能力が高い小回りの利く仕事ぶりで、あれもこれも一人でこなす「マルチタスク化」。

と、

一人当たりの作業量が格段に増えても従来以上の速いスピードで業務をこなす「高効率化」。

この辺りを中心に求められています。

つまり、「量と時間という相反するものを両立せよ」という高い要求になっています。

しかし、

それをこなすには、非常に複雑な作業が必要で、それを手早くこなすには優秀な人材(パイロット)が、必要になりました。

小国である「中小企業」には、優秀な人材はそう多くなく、優秀な人材には更に仕事が集中しました。しかしその結果、優秀なパイロットは完全に疲弊し、「退職願」という名の弾薬によって自決し、散っていきました。

すると、

優秀なパイロットを必要とする複雑なタスクを一般兵に任せなければなりません。しかし、一般兵では扱いこなすことすらままならず、ただただ無駄に又散っていくという悪循環に陥りました。

まさに負のスパイラルということでした。


・・・・・・・・


さて、


私の考える今の中小企業にとって必要なのことは、

「誰でもこなせる作業の簡便化によるマルチタスク化」



「従業員の定着と保護に向けた働き方改革」

まさにワルドキャットのような製造理念が必要なんじゃなのかな?と感じた夏の朝でした。



・・・・・・・


おまけ


ファーストのガンダムは大東亜戦争をモチーフにしているといわれていますよね。

資源の少ない日本のような小国のジオンが、地球連邦政府に対して宣戦を布告。

真珠湾攻撃を彷彿とさせる奇襲攻撃で、月のグラダナを制圧。

開戦初期は、零戦を思わせる「ザク」というモビルスーツで連邦軍を圧倒。

しかし、物量の勝る連邦軍は、モビルスーツの開発以降、徐々に戦局が変わっていきます。

戦争末期になると、兵力の少ないジオンは、学徒(学生兵)を動員するも、経験の少ない学徒の働きは、戦局を変えるほどの力はありませんでした。

最後は核兵器を思わせる「ソーラーシステム(太陽炉)」で、ジオン領土のソロモンが焼かれ、その後はジオンの最終拠点ア・バオア・クーの本土決戦で破れて終戦しました。

ま、

ジオンには、ドイツ軍を重ねる部分もあるようで、全てが日本と連合国との対比ではないようですが、やっぱりかぶる部分も多いですね。

本当に、おまけでしたw

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8月5日(日)

今日も私の住む地域は、猛暑日の予報。

なので、

朝から暑い~!!

8:30から走り始め、9時の時点で30度越え。

9:30には32度を指していました。(路上気温計調べ)


ので、





心拍数は、Maxで213bpsを計測w

って、

これは、心拍計のエラーだと思います(←こんな数値では、死んじゃうww)

が、

死にそうにきつかったのも事実です。

ので、

この日は、ハーフで終了。

してしまったので、




午後はプールに来てみました。


このころになると気温は38度にまで上がり、


暑すぎてお客が少ない


という異常事態となっていましたw

水温は30度もあり「ぬるま湯」状態。

それでも、久しぶりに娘とプールを堪能し、ちょっとクタクタになったのと、水の照り返しで顔面を焼きすぎて、


顔面が焦げた


日曜日となったのでした。


・・・・・・


おまけ


【今日の街のスナップ】

前回記事で載せるをの忘れちゃった1枚です。



とんかつ屋さんの店にある看板です。

近いうちに考えずに食べてみようと思いました。

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突然ですが、

私の勤務地は、とある雑居ビルの一室にあります。

で、この雑居ビルはいくつかのテナントさんが入っていますが、ビルそのものは当社の所有であります。

当然管理人さんもいるんですが、管理人さんが急な都合で10日ほど留守になることに。

不在の間のビル管理については、某警備会社さんに依頼したものの、今朝(8/4)のビルの入り口の開錠は、当社で行うことになり・・・


で、


8月4日(土) AM5:50

出社!

して、

入口を開錠。


今日は出勤日なのでこのまま仕事・・・

ではなく、会社を起点として


朝ラン!


です。


・・・・・・・・


さて、

昨日は、仕事の都合で慣れない肉体労働があり、疲労がパンパン。

なので、

市内をジョグでお散歩です。

普段、車で移動することが多いので、市内の小道は知らないところが多く、今日はそんなところを回ってみました。


・・・とはいえ、


先ずは




定番の上田城へ


で、ここを周回し、





場内の神社や




かつてお堀だったところの遊歩道をまわり、



上田城をでて、近くの上田高校にある「上田藩主屋敷門」へと、回っていきました。


で、

その後は、予定通りの小道に入り、



小さな神社を抜け、



山のふもと近くに向かい、

又小さな小道を抜け、



北國街道沿いに入ると、



「保命水」という湧き水がこんこんと湧き出ているので、



給水ですw

この保命水とは、



うん、字が小さくて読めないですねw


で、

更にたったかと行き、小道に入り込んでくと、



ねこ

そして、



又ねこw

他にもたくさん猫たちがいましたが、「小道と猫」って、何だか「定番セット」みたいな感じですねw

ちなみにこの子たちは、どうやら飼い猫のようで、



近くによっても逃げません。(「何撮ってるんだよ」と言わんばかりの顔w)

で、

更にトコトコ・・・

で、




へぇー、こんなところに小さなお蕎麦屋さんがあるんだ~

なんていう、発見もありました。

で、



娘が2歳くらいの時に連れて行った、市のちびっこプールを抜け、

「裏口入学」ならぬ「裏口から構内に入った」



信州大学 繊維学部を抜けました。

ちなみにこの辺りは昔、養蚕が盛んだったので、



繊維学部が置かれているんですよね。

で、

他にも



お寺さんやら、



神社やらを抜け、

(城下町のせいなのか、神社仏閣が山ほどある)

会社に戻りました。


・・・・・


で、

当然のことながら、汗でびちゃびちゃだったので、持ってきたタオルで簡単に汗をぬぐい、車でいったん帰宅。

して、

シャワーを浴びたら、せわしなく又出社w

して、

やりたくもない、仕事に精を出すのでした。



ちなみに、

どーでもいい、今日の結果です。





写真を撮りながらだったので、超ゆるゆるです。

が、

そのぶん、久しぶりに楽しいランとなったとさ

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暑かった7月

長野県内の私の住む街も異例づくめの7月でした。

まず、最高気温が30度を超える真夏日は25日あり、ほぼ毎日が真夏日でした。

更に、35度を超える猛暑日は13日もあり、Maxは、38度まで上がりました。

特に15日~25日まで11日連続で猛暑日が続いた時は、本当に体が溶けるかと思いました。


・・・・・・


( ´Д`)=3 フゥ

言い訳も済んだところでww

7月の走行距離です。



驚きの319.55km!

目指せ400km!はどこへ行ったのでしょう?

30km走はわずか2回で、休日なのにハーフすら走っていない日が、4回もありました。

そんな本日も、水曜ポイント練習もどこへやら。

僅か5kmで終了でした。


・・・・・・


と、いうことで、


距離も短きゃ、記事も短めw

生意気にちょっと忙しい日々を送っているので、その他のネタもありませんw

ので、

なにか楽しいことを探さないとっ!

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プロフィール

HN:
RX-93
性別:
男性
自己紹介:
花の昭和47年生まれのアル中&メタボ中年が、何を血迷ったのか38歳からランニングを開始!
40歳でサブスリーを達成すると、42歳でフルマラソン2時間48分台を記録。
ランナーズのフルマラソン全日本ランキングのベスト100に掲載されると、有頂天もMAXに。
だが、
それが災いしたのか、その後は故障の連続。
ストレス解消のために走ったはずが、走れば走るほどにストレスに!?
サブスリー時代のブログを閉じて、新天地にやってきました。
毎日が、「日々是好日」。
ランRUN日和になりますように!

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